エピソード、コメントを交えてお伝えします

独立系ソフトハウス勤務

1997/42002/10

入社直後に国内最大手の事業所向け交換機の開発を行ないました。当時、交換機とコンピュータを連携させるための基本開発をどのメーカーも行なっていました。パソコンから電話の発着信を行なうものです。

CSTAという海外の標準規格書に則り、英文書の基本仕様書を基に、独自のシステムとして具現化しました。開発チームはたったの4人でしたが、当時のリーダーさんがとても優秀な方で、社会人なりたての自分にとっては非常に恵まれた環境でした。

最初の仕事で電話帳1冊分の設計書を書いて、1万ステップ以上のコーディングをしました。

更には呼(こ。1つの通話)の管理方法を、CSTAを熟読しつつ独自の解釈を入れ、最終的には24回線の通話、保留転送を同時に管理できるシステムに仕上がりました。

エンドユーザーは非常に品質に厳しく、現場検証のような重々しい雰囲気の納品テストを何サイクルもこなして行きました。

設計、開発の基本や、品質管理のスタンスは、ここで身に着いたと思います。

商社系ソリューション企業勤務

2002/112006/12

転職直後、3ヶ月弱で1つのコールセンターを立ち上げるプロジェクトを任されました。海外性の交換機(Rockwell)と、サーバー数種類を連携させるシステムを用意し、国内メーカーのBIソフト(Remedy)に繋げました。電話を取ると顧客情報がポップアップするという、今では良くある仕組みです。

着任時点でプログラムを書ける人がおらず、色々試行錯誤しつつ、交換機のメッセージをハッキングして、C++で書いたドライバ経由でWindows通信させました。

今では交換機も単純なUnPBXに変わり、アプリケーションとの連携も技術者でなくてもできる時代になりました。

仕事の面談等で、IP電話の経験は無いんですよね?と聴かれることがありました。交換機もVoIPサーバも、低位レイヤーの違いはあるものの、中のメッセージのクラスは大差無いですし、むしろ呼の管理をどうするか、どうコールフローを書き、呼損率低下に導くかという所を見られるかが大事かと思います。とはいえ勉強のためAsterisk導入をしてみました。

最初の仕事を仕上げてから4年程の間は、クレジット系のコールセンター構築業務でした。毎秒30コール程度の電話を交換機が自動で架け、相手が出た時だけオペレーターに繋ぐというもの。督促用のシステムを作るという、何だか味気ない仕事です。残業100時間以上がざらに続いたのもこの次期でした。

そもそもの性能の1/200しか性能が出ていない時にプロジェクトに参画しました。

サーバーメーカーと交換機メーカーのそれぞれに営業が文句を言い、各々が「うちは仕様どおりです」と回答してました。

それでも納得させるために、LANアナライザーで解析を行ない、発信のシーケンス図に起しました。問題は、呼出音を検地するまで、サーバーが発信の要求を出してなかったからです。交換機は、発信完了した時点でAckという信号を返すんですが、もともと着信に特化した交換機であったため、その信号を出していない仕様でした。

結局のところ、メーカーがシェア拡大を優先して、性能試験無しで対応機種として販売していたのが宜しく無いところでした。

とりあえず呼の管理用の仕組みを提案し、サーバーメーカーに改修していただけて何とか間に合いました。もし不具合が直らなければ、数億の損害が出るところでした。会社が傾きますね。

エンドユーザー、メーカー、開発現場の取りまとめ会社の板ばさみになり、時には数十人に囲まれて一人で報告することもありました。いい経験をさせてもらいました。

プロジェクト完了後に、証券会社を中心としたコンプライアンス対策ソリューションの開発を行ないました。国内の音声録音装置、Amivoiceという音声認識ソフトで通話内容をテキスト化して管理。テキストマイニングソフトを連携させ、通話の分析を行なうというもの。

”企業で存続が危ぶまれる程の問題が発生する際、数ヶ月前から兆候が現れます。証券商取引法改正のきっかけになったコンプライアンス問題もそうです。通話の中で「絶対上がりますよ」「元本保証します」などの単語の頻度が上がります。そういった単語の出現頻度をカウントしておいて、社員の離職率、経営動向連と併せてデータマイニングし、他社の問題事例等と併せて分析すると、いつ頃問題になるのかが見えてきます。一見関連の無さそうなデータの間に相関を見つけるのは面白いものです。”

残念ながら、このプロジェクトが立ち上がって間もない頃、月単価2M円で前の現場に買い戻されてしまいました。数億の赤字を回避して、これからどんどん部のために利益を上げようとしていた矢先、たった200万の金額を優先されました。これでは会社は大きくなりません。発展しそうにない上場企業の有り様を感じましたね。20人以上いる部の利益が、5年目にしてようやく100万の黒字にになった頃だったので、仕方ないかもしれません。

開業(2007/1~)

サービス業の原点に戻ろうと、会社を辞めました。もともと商社を営んでいた(失敗した)父を見ていたこともあり、35歳には独立しようと思っていました。

何も分からないままに独立し、単発の開発案件を頂いて自宅にて仕事をしていました。あまりにも外に出ないのも苦痛なので、並行してパソコンサポートの仕事を請けることにしました。小さい頃から物を直すのは好きでしたし、一般のパソコンサポートの範囲であれば問題ありませんでした。

意外な事に、ネットの広告でも有名なデータ復旧会社からアドバイザーの依頼を受けた時にはびっくりしました。サーバーのディスク復旧は、部品を調達してRAIDのディスクを単体で接続し直したりと、色々大変でしたね。

パソコンサポートの仕事で、一番嬉しかった仕事は、老後の旅行写真が沢山詰まったPCのディスク修復作業でした。「やっぱり最近のものは壊れやすいね」なんて悲しんでいたお婆さんでしたが、新しいディスクで写真が元通り見られた時には、凄く喜んで頂けました。こういった、毎回感謝される仕事の喜びというのは何物にも変えられません。サービス業とは何かを再発見できたと思います。

今開発の仕事を頂いているお客様ですが、最初のきっかけは事務所に設置したLinuxサーバの復旧作業でした。

WEBサイト、メールサーバー、おまけにDNSサーバも立てていましたが、ハードディスクが修復不可能な状態で、1000人以上の会員様が利用しているため、その場で再構築を決めました。

HTMLはローカルに残ってましたが、OSの設定情報は殆どありません。

クライアントPCのキャッシュ、メールのヘッダ、ドメインの契約情報を基にして再構築、復旧させました。(当然ながら)後にレンタルサーバへ移設しました。

開発業務(2009/1~)

 

パソコンのサポートで回った中で、法人のお客様から声をかけていただくことがありました。サポートスタッフの仲間から、WEBサイトへの機能追加の要望を受ける機会もあり、開発の現場へと戻りました。

ショッピングカートのカスタマイズや、アフィリエイト機能の追加等から、まとまった業務システムの構築を始めました。

システム導入経験の浅いお客様との調整をするのはなかなか難しいものです。

インターネットやWEBが普及する中で、Free戦略が中心になっています。開発者にとっては開発コストを見えにくくさせていると感じたのもこの頃です。

手間のかかったものは有料という価値基準が残っているため、無料のものはそう難しくなく出来ていると思われてしまいます。また、WEBとパソコンのユーザインターフェースが近づくことにより、パソコンで出来る基本機能が、当然WEBでも実現できると誤解されてしまいます。

Googleの○○みたいにできますよね」という無料の○○の開発コストが、実は何百万ドルかかっているといった想像がしにくいのも仕方が無いことかもしれません。

一方で、ブログ記事にも書いたように、大手のWEBサイト運営会社で1人月かけて開発しているものでも、新しい技術を利用することで、数日で完成することも可能になって来ています。今ではお客様の難しい注文も、現実的な提案へと結び付けられるようになりました。

そこに適切なSEO対策、将来を見越したビジネスモデルを意識した開発が伴えば、強力なサイトが出来上がります。

SEOLPOは大事ですが、今あるものをベースにする手段です。いくらプロモートしても、サービスが未成熟ではお客様に飽きられてしまいます。タレントと同じで、基礎を固め、確実に成長する行く末を見据えてデビューさせる必要があります。サイトが立派に成長するために、「早く立ち上げたい」「見た目が綺麗なように全面Flashで」といったご意見に対しても、逆の提言をさせていただくことも多々あります。その上で、お客様のニーズに応えるビジネスモデルを提案するのは大変遣り甲斐のある仕事です。

要件定義フェーズが長くなりますが、CMSの適切な利用により、キックオフ時点で基本モデルを提案できます。しかも、アジャイル開発で言う変更を超えた、やり直し、方向転換にも柔軟に対応でき、開発・テスト期間の短縮分を検討作業に十分充てることが可能となります。

言い換えると、CMS=早いという点だけを利用していては、検討段階の短縮になり、先が見えなくなる恐れがあります。

このような流れで、サービスの追加提案をしつつ、開発も行なうという仕事の仕方をしています。素晴らしい技術者の方々が沢山いるので、将来的には再び、育てる側、組織を作る側へと進んで行きたいと思っています。

開発業務(2010/1頃~)

前半はPMO業務中心に活動しておりました。

コンビニのレジシステム刷新プロジェクトで、100名近いソフトウェア開発メンバーの進捗、標準化、リソース(メンタルヘルス面)の面から携わっておりました。

その後は受託開発系の大型プロジェクトを中心に開発し、合間に単発の案件や舞台系、エンターテイメント系のつながりでのサイト制作をボランティアで行っております。

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